天の弓が狙う的

 ノアの洪水の物語の結末において、神は「すべての生き物」との間に永遠の契約を結ばれました。その契約のしるしとして雲の中に置かれたのが「虹」です。 日本語で「虹」と訳されている言葉は、ヘブライ語では「ケシュト(qeshet)」と言い、「虹」と「武器としての弓」の両方の意味を持っています。古代の人々にとって、神の力はしばしば「弓と矢」で表現され、矢は「稲妻」、そして弓は虹の表象を伴ったのです。かつて起こった大洪水の凄まじい嵐は、罪に満ちた地上に対して神が放った裁きの「矢」であったと考えられます。神は罪に対する激しい怒りと裁きのために、その弓を引かれました。人間は、この恐るべき神の裁きの前ではなすすべがなく、滅びを待つしかない存在だったのです。

 しかし、洪水の後、神は「わたしの弓を雲の中に置く」と宣言されます。これは、神が人類との戦いを終え、戦いの武器である弓矢を天の壁に掛けた(脇に置いた)ことを示唆しています。 この新しい契約は、人間の側に何の義務も課さない「神の主導権だけを強調」する一方的な恩恵です。たとえ人間が何をしでかしても、二度と洪水によって地を滅ぼすことはないという、神の無条件の「Yes」がここに宣言されています。 暗い雲を背景に輝く虹は、神の怒りに対する愛の光の勝利であり、神の恵みのしるしなのです。

 ここで、天に架かる虹(弓)の形を思い浮かべてみてください。その弓の弧(矢が放たれる方向)は天、すなわち神ご自身の住まう方向を向いています。これは、もし再び罪に対する裁きの矢が放たれるとすれば、その矢は地上の人間ではなく、天におられる神ご自身に向かうことも示しているのです。

 そしてわたしたちの代わりに裁きの矢を受けたお方こそ、他でもない十字架上のイエス・キリストだったのです。

 

中村恵太