パウロの第一回宣教旅行はデルベへ到達した後、これまで来た道程を引き返すことになります。パウロたちがそれぞれの町を転々としたのは、そこで過酷な迫害に遭ったことも理由でした。そんな街へわざわざ戻るということは、引き返すしか帰りようが無かったこともあるかもしれませんが、何よりも現地の教会を励ますためであったのです。「私たちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なくてはならない」とパウロは語ります。神さまの恵みのご支配の中を歩むためには、それに抵抗する悪の力との対決が不可避です。
ただしその戦いは、一人だけで行われるものではありません。パウロは「弟子たちのために教会ごとに長老たちを任命し、断食して祈り、彼らをその信ずる主に委ねた」のでした。自分で全てを抱え込もうとしたら、パウロはどこかにずっと留まらなくてはならないことになります。そんなことはできっこありません。それでは去り行くパウロは彼らと縁を切り、一切の関係が断たれるのでしょうか。もう彼らが迫害の中で滅ぼされてしまうとしても仕方ない、後は勝手にがんばれとなるのでしょうか。そうはならないのです。パウロと愛する兄弟姉妹の中心には、いつもどこでもイエスさまがいてくださいます。そのイエスさまを共に見上げて歩むのであれば、たとえ離れ離れであったとしても、互いを支え合って歩むことができるのです。それぞれの重荷も、一緒になって担い合い、歩むことができるのです。
こうしてパウロとバルナバは、出発地であるアンティオケアに帰ってきます。「そこは、二人が今成し遂げた働きをするようにと、神の恵みに委ねられて送り出された所」でした。そもそも今回の宣教旅行もまた、アンティオケアの教会の人々に祈られ、神さまの恵みに委ねられて派遣されたものだったのです。誰もがパウロとバルナバのようにどこか遠くへ出向くことができるわけではないのです。送り出す者がいて、送り出される者が居たのです。どちらもいることが大事なのです。そしてパウロとバルナバは「到着すると教会の人々を集めて、神が彼らと共にいて行われたすべてのことと、異邦人に信仰の門を開いてくださったことを報告した」のでした。神さまがいかに彼らを通して素晴らしい働きをしてくださったのかを伝える、喜びの報告をしたのです。
私は、教会で兄弟姉妹が集まって互いの近況を報告する時、まさに同じことがなされていると感じます。先日は、私のアメリカ旅行の報告会をさせて頂きました。皆さんに聞いて頂いたことによって、私の中で旅行を通して与えられた様々な恵みが一層確かなものとして残ったと感じました。また日曜学校の分級においても、毎週それぞれの一週間の歩みを共有するところから話が始まります。青年修養会でも久し振りに顔を合わせた青年たちが、それぞれこれまでの人生の歩みを分かち合い、これからの人生について思いを分かち合って祈り合いました。共にイエスさまを見上げて過ごすこうしたひとときにあって取り交わされる会話は、ただのおしゃべりには終わりません。このような主にある交わりの中で、私たちの嘆きや悲しみは軽減され、次第に癒されていきます。喜びと感謝は倍増し、私たちを新たに立ち上がらせる力を与えてくれます。
パウロたちの居た教会に働いた聖霊なる神さまの力は、その後も継続して働き続け、この世界に広がり続けました。だからこそ私たちもまた、こうして集まっています。この私たちの交わりの中に働かれる聖霊なる神さまの力に押し出されて、私たちはそれぞれの場へと遣わされ、帰ってくることを繰り返します。その過程では多くの苦しみを経ることもありますが、それは恵みの内に喜びと感謝を増し加えていく道でもあるのです。
中村恵太